神戸地方裁判所 昭和50年(ワ)419号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
【判旨】
一被告済生会が神戸市葺合区に済生会兵庫県病院を開設していること、被告吉田が右病院の産婦人科の医師であること、被告吉田が昭和四七年三月九日以降原告の姙娠指導に当たつてきたところ、原告は同年五月受胎したが、同月二五日被告吉田により子宮内容除去術を施されたことは、当事者間に争いがない。
二<証拠>によると、
1 原告は、昭和四七年三月九日被告吉田に対し、月経量が少いが子供が欲しい旨述べて姙娠指導を依頼し、被告吉田から基礎体温表の持参を求められたが、その際被告吉田の問診に対し、初婚が二三才のときであり子供二人を分娩していること、昭和四六年五月三七才で現在の夫と結婚したが子供ができないこと、右二回の分娩の外流産二回、子宮内容除去術一回の経験があること、月経は三〇日型で順調であり最終月経は三月五日であること等を答えたこと、
2 被告吉田は、昭和四七年三月一一日原告から基礎体温表の提示を受け、低温相、高温相が順次継続している二相性を示しているため受胎可能と判断し、これを促進するため、ホルモン剤の服用を指示し、以後毎週又は隔週毎に通院させて、ホルモン剤を交付したこと、
3 原告は、四月二二日の診察の際同月一三日に月経があつた旨伝えていたが、その後排卵期と思われる時点に基礎体温が高温相に転じた後五月一五日に至つても高温相が持続し、かつ同月一三日から少量の性器出血があつたことから五月一五日被告吉田の診察を求めたこと、被告吉田は、内診の結果、子宮が正常大であり、子宮口は閉鎖していること、月経周期を三〇日(なお、前回の月経周期は原告の申述では三九日であつた。)としても、高温相が二日間延びているに過ぎないことから姙娠の疑いを疑くに至らなかつたこと、また褐色のおりものが少量あつたが月経初期にもよく見られるものであるため、これを流産のおそれとは認めなかつたこと、
4 原告は、五月一五日少量の出血が持続し、かつ基礎体温も高温相が続いているとして被告の診察を求め、被告吉田が内診した結果、子宮がやや肥大しているところから姙娠と判断され、かつ子宮口は閉鎖しているものの血性の帯下が少量ながら持続しているところから切迫流産のおそれがあるとして、その旨を原告に伝え、流産を防止し姙娠を継続させるためダクチルOB、ルトラール、ユベラニコチネートの各薬剤三日分を投与したこと、
5 被告は、五月二二日褐色の帯下が持続しているとの主訴により内診したところ、症状は一九日の時点と同様であつたが、出血が継続しているところから流産が進行していると判断し、前記薬剤四日分を投与したほか、同じ目的から新プロゲ・デポを注射し、原告に安静を保ちできれば入院するよう強く勧告したこと、
6 原告は、五月二五日本来診察予定日ではなかつたが、午前一一時ごろかなりの量の性器出血があつたとして被告吉田の診察を求め、被告吉田は、内診の結果子宮口が開大していることから流産開始と判断し、その旨原告に伝え、母体の安全を考えて点滴を施したうえ急拠子宮内容除去術を実施したこと、右施術の結果、姙娠初期であるため胎児は発見されなかつたが、脱落膜及び絨毛の排出が確認されたこと、
が認められる。<証拠判断略>
原告本人は、被告吉田が右の施術に当たり、内診をせず、原告に流産であることを告げないまま子宮内容除去術に及んだ旨及び施術に当たり点滴を受けたことはない旨供述するが、点滴を受けていることは<証拠>の記載から明らかであり、内診もせず流産であることを告げずに子宮内容除去術に及ぶことは、既に中絶術を予定している患者と取り違えた場合の外およそ考えられないところであるが、<証拠>を対比すると、多量の出血後に急拠子宮内容除去術をすることとなつた原告と、前日からこの日に同様の手術を予定していた中島某とは明らかに異つた措置がなされており、患者を取り違えた可能性はなく、原告の右供述は到底採用できない。
三また、原告は、右子宮内容除去術後も姙娠が継続していたから、被告吉田が流産開始と判断したのは誤りである旨主張するが、被告吉田が脱落膜及び絨毛の排出を確認していることは前記認定のとおりであるし、<証拠>によると、前記施術後原告の姙娠反応が陽性を示していたのは絨毛遺残のためであつたことが認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果部分は採用できない。
四よつて、被告吉田の診断並びに処置には原告主張の如き過誤はない。
(森脇勝)